〜トロイメライ Träumerei 9月号〜
第6回 シューマンの「作品1」: 《アベッグ変奏曲》
<< - 2009.09.01 - >>

先月、先々月と番外編をお送りしてきましたが、そろそろ話をシューマンに戻しましょう。

高名なピアノ教師ヴィークに弟子入りすることを決意したシューマンはますます音楽にのめりこみます。1日7時間ピアノを練習しながら作曲も行い、ついに記念すべき初めての作品が出版されます。《アベッグ変奏曲》作品1です。シューマンはこれまでにも曲を書いていましたが、出版に至ったのがこの作品だったのです。作曲家にとって「作品1」とは、自分の作品を世に問う初めての機会ですから満を持して臨んだ意欲作であるはずです。それではシューマンのデビュー作である《アベッグ変奏曲》は一体どのような曲だったのでしょうか。

この曲はパウリーネ・フォン・アベッグという女性に捧げられています。そして彼女の名前の綴り(ABEGG)を音に読んでメロディーを作り、そのメロディーをもとにして変奏曲にしています。

譜例@

相手の名前を音楽にして捧げる…なんてロマンティック、きっとアベッグという人はシューマンの恋人なのでは?と思わず勘ぐりますが、実は このパウリーネ・フォン・アベッグ、シューマンの作り上げた架空の人物だそうです。なーんだ、という感じですが、そんな思わせぶりなところにシューマンの茶目っ気が感じられます。

この曲には作曲技法においても珍しい趣向があります。従来の変奏曲はテーマの旋律をどんどん分割して崩していくことで変奏を行うのですが、この曲ではまるでパッチワークのモチーフのように、ところどころにこのメロディーが原型のままポンと置かれているのです。シューマンがデビュー作で試したテーマのこのような使い方は、彼の後の作品《交響的練習曲》作品13にも用いられますし、交響曲や室内楽作品にも応用されています。

もう一つの特徴は、フィナーレ近くで現れる「消えていく音」です。

譜例A

和音から一音ずつ指を離していくことでABEGGの音がかすかに聞こえるようになっています。つまり鍵盤を押すのではなくて離すことで、テーマが浮かび上がってくるのです。これはシューマンが愛したドイツの作家、ジャン・パウルの小説か らヒントを得たアイディアのようです。非常に読書家で、将来作家になろうか音楽家になろうか迷っていたシューマンならではの発想と言えます。このように《アベッグ変奏曲》はシューマンの初めての出版作品ながら、おもしろい仕掛けや新しい試みがたくさん盛り込まれています。 シューマンの茶目っ気と若々しい革新性に満ちた、楽しくチャーミングな作品です。

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