〜トロイメライ Träumerei 3月号〜
第12回 《謝肉祭》 作品9 〜その3〜
<< - 2010.03.03 - >>

お待たせしました!今月からようやく、3種類の主題がどのように曲に使われているのか見ていきます。3種類の主題とは(先月号のおさらいですが)、ASCHという4つの文字を音名化した@ミ♭-ド-シ-ラ(S- C-H -A)、Aラ♭-ド-シ(As- C- H)、Bラ-ミ♭-ド-シ(A-S-C-H)の3つです。

第1曲: 前口上
とても輝かしい序奏です。「これからお祭りの始まり始まり!」というところでしょうか。実はこの前口上、シューマンが以前、シューベルトの《憧れのワルツ》という曲をテーマに変奏曲を書こうとした時の前奏部です。この変奏曲は結局完成しなかったのですが、その代わりにシューマンは前奏部分をそっくりそのままここに持ってきたわけです。使い回し…ではなく、よりしっくりくる適切な場所に楽想を配置したのだ…と考えるべきだと思います。たくさんの習作を書きながらそこで浮かんだアイディアを他の曲で使ったり、組み合わせたりすることはよくありました。また、シューマンはシューベルトをとても尊敬していましたから、この曲も「シューベルトへのオマージュ」という意味合いをひそかに持たせているのかもしれません。何しろシューマンはこういう遊びや謎かけがとても好きな人でした。

第2曲: ピエロ 、第3曲:アルルカン
いよいよ仮面舞踏会の始まりです。まず現れるのはピエロとアルルカン。彼らはイタリアの喜劇(コメディア・デラルテ)の登場人物です。コメディア・デラルテに出てくる道化師にはいくつかの決まった性格の型(ストックキャラクター)があり、ピエロは白いマスクをかぶった繊細な夢想家という性格が与えられています。少しおどおどとした、ユーモラスな姿が描かれています。

一方、アルルカンはピエロと対照的に黒い仮面をつけ、赤・緑・青のまだらの衣装を着ています。ペテン師でずる賢い性格、音楽もなんだかひょうきんです。2曲ともラ-ミ♭-ド-シ(A-S-C-H)、つまり音型3が冒頭に使われていますね。

第4曲:. 高貴なワルツ
ここでも少し順番を入れ替えてはいますが、音型3が見られます。「高貴なワルツ」というタイトルはシューベルトの「12の高貴なワルツ」にひっかけてあります。これも「シューベルト」と直接書かずにその人を暗示する「仮面」と言えるでしょう。とても伸びやかで優美で、全曲中でも私の好きな曲の一つです。

第5曲: オイゼビウス、第6曲:フロレスタン
ここでダヴィット同盟員の登場です!以前触れましたが、オイゼビウスとフロレスタンとはシューマンの分身で、それぞれ対照的な性格を持っています。まず初めに登場するオイゼビウスは瞑想的で夢見がちな性格。ひとりごとのような7連符のリズムでそれが表現されています。旋律に埋め込まれるような形で音型3が入っています。

引き続き現れるのはフロレスタン。猛進するような積極的なエネルギーにあふれています。曲はどんどん盛り上がり、感情も高ぶり、限界を越えて一瞬ホワイトアウトの状態になったところで、そのまま第7曲目へとつながります。このあたり、まさにシューマンの性格そのものを表わしているようで興味深いです。そしてこの曲の途中にはなぜか《パピヨン》作品2の旋律が顔を出すのですが、これもシューマン特有の謎かけと言っていいと思います。《パピヨン》は作家ジャン・パウルの『生意気盛り』という小説にインスピレーションを受けて作曲されたと言われており、『生意気盛り』とは、対照的な性格の双子を主人公とした物語です。シューマンはこの双子をモデルにしてオイゼビウスとフロレスタンという仮想の二分身のアイディアを思いついたとされています。ここでチラリと《パピヨン》の旋律が顔をのぞかせるのは、その種明かしをしているのかもしれません。
このように、シューマンはごく一部の人にしか分からないような遊びや仕掛けを作品の中にたくさん凝らしています。もちろんそれらに気づかなくても十分に曲の良さを感じることはできますが、こういった工夫に気づくと一層おもしろくなると思います。それでは続きは次号で!

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