シューマンに関するコラム
〜トロイメライ Träumerei 2月号〜
第23回 クララとの愛で生まれた傑作
  〜ピアノ・ソナタ第3番 作品14〜

<< - 2011.2.1 - >>

先月までにお伝えしたように、1835年にはピアノ・ソナタの第1番、第2番が作曲され、クララとシューマンの恋は一気に燃え上がりました。しかし年が明けて1836年は2人にとって厳しい一年となります。まず1月14日にクララの父ヴィークはクララを3カ月の演奏旅行に連れ出し、2人を引き離します。2月4日にはシューマンの母親が亡くなり、クララが4月に帰宅してからも2人はヴィークの妨害によって全く会えなくなってしまいます。父親に依存していたクララは、彼女に捧げられたピアノ・ソナタ第1番の出版譜が送られてきても、これまでの手紙と一緒に送り返してしまいます。そんな中シューマンが作曲したのはソナタ第3番作品14です。このソナタの大きな特徴として、1つのモティーフを中心動機として全ての楽章で用いていることが挙げられます。それは付点リズムの下行音型ですが、クララの《ワルツ形式によるカプリス集》作品2の第7曲を基にしたとも言われています。

譜例1
♪ソナタ第3番の中心動機
♪クララの作品2の7曲目

クララの曲を引用することは第1番のソナタでもありました(クララのファンダンゴ)。また、1つの動機を全楽章で使うことは第2番のソナタでも試みられています。しかしソナタの第3番では、その両方がより明確に示されているように思います。

このソナタは出版社の提案により「管弦楽のない協奏曲」という題名が付けられ、2つのスケルツォを除いた形で出版されました。シューマンの晩年の1853年に再版された時に、初版で除かれた2つのスケルツォのうち1つが戻されて、タイトルも「グランド・ソナタ」と改められました。このソナタは外面的な華やかさを持つ一方で、全楽章とも短調で書かれていることもあり、一種破滅的な魅力も持つ作品だと思います。

第1楽章の冒頭でクララの主題がはっきりと打ち出され(譜例2)、2楽章のスケルツォも付点付きの下行音型が全体を支配します。3楽章は「クララ・ヴィークによるアンダンティーノ」と銘打たれており、この主題に基づく変奏曲になっています(譜例3)。

譜例2
譜例3

4楽章はPrestissimo possibileというテンポ指定がされていますが、PrestissimoはPresto(きわめて速く)の最上級の形ですから「できるだけ、きわめて速く!」。それにさらにpossibile(可能な限り)が付くわけですから、もう崩壊スレスレのテンポ感を求めていることになります。まるで火花を散らしながら燃焼しているような、鬼気迫る音楽です。

このソナタをシューマン自身が演奏したことがあったどうかは分かりません。しかし指を故障させてピアニストを断念した彼にとっては、おそらく難しかったでしょう。それを思うと、このテンポ指定はシューマンが「もっと速く、もっと速く」と頭の中で鳴らし続けた理想の音楽の形であると言えるでしょう。

 
 
inserted by FC2 system